ジュネーヴの道後半 ル・グロン-ラン(Le Grand-Lemps)からル・ピュイ-アン-ヴレ(Le Puy-en-Velay)まで

 2年前の2023年にジュネーヴからル・グロン・ランまで7日間180km歩いたのですが、その続きを歩きました
 ただ、サンティアゴ・デ・コンポステーラからマドリード経由でリヨンまで利用したイベリア航空(機材はAir Nostrum)でリュックサックがロストバゲージになってしまい大幅に行程を変更をよぎなくされました。リュックが見つかって我が家に届いたのは1か月後!スケジュールの変更や道具などの購入などを迫られました。
 タクシーも利用したことにより、結局歩いた距離は133kmになりました。(当初予定では190km)

〇スケジュール・経費概要(ジュネーヴの道 後半)

緑線はタクシー利用

緑色の区間はタクシー利用

リヨン・サンテグジュペリ空港(Aéroport de Lyon-Saint-Exupéry)→[電車]リヨン・パール・デュ(Lyon Part Dieu)→[電車]ル・グロン-ラン(Le Grand-Lemps)→[タクシー]ファラモン(Faramans)ベルガルド-プシュー(Bellegarde-Poussieu)シャヴァネ(Chavanay)マクラ(Maclas)→[タクシー]サン-ジュリアン-モラン-モレット(Saint-Julien-Molin-Molette)→ブール-アルジャンタル(Bourg-Argental)→[タクシー]レ・セトゥー(Les Sétoux)→モンフォコン-アン-ヴレ(Montfaucon-en-Velay)[タクシー]サン-ジュール(Saint-jeures)→モンデール(Monedeyres)ル・ピュイ=アン=ヴレ(Le Puy-en-Velay)

サンティアゴ・デ・コンポステーラ→マドリード → リヨン・サンテグジュペリ空港(Lyon St-Exipery)→[電車]リヨン・パール・デュ(Lyon Part Dieu)  6/06(金) 

ちょっと深刻な問題発生。リュックが届きませんでした!!
 今まで何十回も海外旅行をしているのにこんな時に限ってロストバゲージに見舞われるなんて(T_T)

 サンティアゴからマドリード経由でフランスのリヨンまで来たのですが、荷物2つのうちリュックがターンテーブルからいつまで待っても出てきません😰
 ターンテーブルの部屋には係員は誰もおらず、相談する相手がいません。日本の空港では考えられないことです。
 空港のロビーに出て案内所で尋ねると、「壁にあるインターホン(カメラなし)で申告をしろ」とのことフランスはもちろん英語も怪しい自分にとっては高いハードルでしたが、何とか担当の方と話をすると、奥から出てきてくれました。
 ターンテーブルの部屋に戻って、申告用の端末に色んな項目を係員に教えてもらいながら色んな項目を入力しました。貴重品は手元に持っていますが、ほとんどの物はリュックの中です。早く見つかって戻ってきて欲しい🙏🙏🙏

 空港でのバゲージクレームは日本では航空会社が行っていますが、ヨーロッパでは「Dirby」というシステムに丸投げしている状況のようで、どうも航空会社の責任感が薄いようです
 手続きを終えて、「Rohnexpress」でLyon Part Dieuのホテルにチェックイン。スマホの充電器を購入するために急いで駅の売店に駆けつけ閉店前に何とかゲット

[ロストバッゲージ関連経過」
6月6日・・・リヨン空港Dirbyの端末に必要事項を入力(個人情報、日本の住所、荷物送付先【フランスの2~3日間の宿泊先、発見がそれ以降になった場合は日本へ送付依頼】
6月13日・・・予定を2週間早めて帰国
6月20日・・・フランスの宅配会社(Cronopost)から6月20日にフランスの宿(既にチェックアウト済み)に配送するとのメール到着
同日  ・・・フランスの宿に宅配便が届いたら日本の自宅に転送するよう申し出してくれるように依頼
 当日  ・・・宅配会社(Crornopost)から配送状況の満足度調査メール到着???
6月24日・・・イベリア航空から「ロストバゲージ」を原因として購入した生活必需品(衣類、衛生用品、医薬品)の請求書のコピー送付依頼
6月25日・・・Dirbyから「リヨン空港に荷物があるのでピックアップするか?」とのメール
 同日  ・・・私から「広島空港に送ってくれ」とのメール送信
6月27日・・・Dirbyから次の便で広島に送るとのメール
6月27日・・・イベリア航空からのメールで、荷物を6月28日NH671便全日空東京→広島以降の便で送るとの連絡あり
6月30日・・・ターキッシュエアラインズ羽田空港支店から、荷物が税関で保管しているので必要資料を送付するよう依頼あり
6月30日・・・必要資料を送付
7月2日・・・必要経費等をイベリア航空に問い合わせした結果
       (1)当方負担のもの
           ア.羽田から自宅への宅配料・・・2,110円
             (リヨンから羽田までの輸送費・・・無料)
       (2)先方負担のもの
           イ.生活必要物品購入費・・・29,754円
             (ロストバゲージによる帰国便変更費・・・約200,000円は当方負担

7月4日・・・リュック自宅に到着「28日振りに再会」

サンティアゴからマドリード・マドリードからリヨンの乗客はほとんどの人が荷物をチェックカウンターに預けずに、飛行機の入り口まで持ってきて荷物室に預けていました
ロストバゲージ対策なのか?
この端末にロストバゲージ関連情報を時間をかけて入力しました

リヨン・パール・デュ(Lyon Part Dieu)→[電車]ボアロン(Voiron)→[電車]ル・グロン=ラン((Le Grand-Lemps)→[タクシー]ファラマン(Faramans) 6/07() 

 0.0km (歩行累計 0.0km)今日はタクシーのみ
 ジュネーヴの道後半1日目

 
 ロストバゲージに挫けず取り敢えず前に進みます
 リヨン駅前のショッピングモールにあるデカトロンでリュック等のトレッキング用品、ユニクロで下着、カルフールで歯ブラシ等を買って出発

 当初予定は7時16分発の電車に乗る予定でしたが、買い物で時間を要したため12時16分発と約5時間遅い出発になりました。途中ボアロン(Voiron)まで行って、一昨年のゴールであるル・グロン=ラン(Le Grand-Lemps)まで引き返しました。

 下車駅から歩いたのでは夜になってしまうので、Uberを利用。ただ周辺に車が居ないので待ち時間が1時間更に料金が2倍ということになりましたが仕方がありません

 着いた宿はキャンプ施設で家族連れやグループが楽しんでいます

 食事は事前に宿の方に予約してもらったレストランで美味しい料理をいただきました

 明日の宿は一昨年にジュネーヴの道に泊めてもらった方の友達の自宅にお世話になります。フランス語しか出来ない方で更にメールが繋がらないということで、電話での音声やり取りのみ、今朝泊まったリヨンのホテルのフロントの方に電話での取り持ち通訳をお願いして待ち合わせ場所と時間が決まりました。ちゃんと会えるかな?

デカテロンでリュックを購入
靴やサンティアゴで購入したストックは無事でした
ボアロンの駅でで乗り換えて逆方向に帰ります
乗り換え時間は約15分
約2年ぶりにLe Grand-Lempsへ帰ってきました
ただこの街にはタクシーがいません
Uberタクシー手配が大変
アプリで予約すると、30分後に到着すると回答が来て即クレジットカードから€50引き落とし、その後駄目でしたとの通知が来て返金。それを何回か繰り返しその都度30分ごと待たされます
最後にはこのお兄ちゃんから、自分はグルノーブルから来るので€100でも良いか?との連絡がきたので、何はともあれこれから約25㎞歩くのは無理なのでお願いしました
Ubereタクシーのアプリで見た顔(上段)と実際の顔(下段)があまりに違うので、一瞬別人!?かと
タクシーで移動、巡礼路(赤色)からちょっと離れましたが、宿に到着
今日の宿
Camping des eydoches – 3 étoiles
5人泊まれますが一人で占有
周りでは子供達が騒いでいます😉
部屋の中
居心地は良いです
敷地の中央にシャワー・トイレがありますが、便座は全てありませんでした
右上にお月さま
近所の食料品店で購入した牛乳とヨーグルト
この店の女性は、以前筑波に住んでいた事があるそうです
事前に宿の方に予約してもらった近所のレストラン
20人ちょっとのキャパ
最初は私一人でしたが、あっという間に満員
予約してもらっていてよかった
このサラダは美味しい
牛肉も
積乱雲が立ち込めています
この影響で変わりやすい天候

ファラモン(Faramans)ベルガルド-プシュー(Bellegarde-Poussieu) 6/08() 

27.7km(歩行累計 27.7km)
ジュネーヴの道2日目


 再び歩き始めました
 3日間歩いていないので、途中からふくらはぎに違和感が😅

 大したことはありませんでした

 今日の宿はアユケル・ジャケーのアランさんの自宅
 アユケル・ジャケーはカミーノ巡礼経験者が巡礼者を泊める宿

久しぶりの歩き
右に向かいます
この辺りの標識は、ホタテ貝の根本の方が行先
麦が刈り取りを待っている
向かいの畑はまだ青い
フランスには可愛らしい教会が多い
Église Saint Romain – Saint Antoine
教会の正面
フランスっぽい風景
けもの道?
この中を進みます
ご神木?
ぬかるみの道を進みます
標識が小さい(T_T)
村の食料品店で買ったもので昼食
ピザは残っていた最後の1枚
人家から相当離れたところで猫
美しい郵便受け
ベルガルド・プシューの教会
ここまでアランが迎えに来てくれます。アランの家は巡礼路から少し離れています
無事アランさんに会えて、アユケル・ジャケーのアランさんのお家へ
アランと
アランさん手作りの夕食

ベルガルド-プシュー(Bellegarde-Poussieu)シャヴァネ(Chavanay) 6/09(月)

27.2km(歩行累計 54.9km)

ジュネーヴの道3日目

 アランさんにカミーノまで送ってもらって歩き始めます。ゴールのGiteは公営ですがオスピタレイロさん達がいて大歓迎してくれるパターン、居心地が良かったです

今日は全て歩きます
アランにカミーノまで送ってもらいました
この辺りは積雪地帯
道の分岐点にやぐらのような物が?
ここで道案内をするのかな?
不思議な建造物
穴を掘った中で何をするのだろうか?
教会付属の塔
アイルランドの教会にあった、敵に攻められた時に避難するものと同じでしょうか?
訓練中の牧羊犬
私がそばを通ると気が散ってこちらばかり見ていました。訓練の邪魔をしてゴメン
フランスの消火栓
ロボットのよう
道全体が水たまり
左側に迂回路がけもの道のように自然に出来ています
道案内の目印は日本の赤テープと違って赤ペンキ
こちらの方が環境に優しいかも
村で歩いていた若い家族に聞いてやってきたベーカリー
カミーノから少し離れています
近くの公園で今日の昼食
アザミの種ってタンポポのでかい版!?
こんな道が続きます
向こうの山の麓が今日の目的地
でかい火力発電所があります
ガードレールの外の歩きにくいところを通ります
その道も無くなってガードレールを乗り越えて、鉄道も
この橋も高さがあって気持ちが悪い
Chavanayに入ります
線路をくぐります
ここから川沿いに降りますが、ルートが分かりにくくてウロウロしました
こんな小さなマークでは中々目に入りません
この橋をくぐります
今日の宿
この宿の料金はドナティボで、出発時に自分の思いで料金を箱に入れます

Chavanay Gîte d’étape communal
ビールの栓は手で回して開ける
オスピタレイロさんが開けてくれました。自分の力では開きません😅
右からオスピタレイロのルイス(リヨン在住のスペイン人)、オスピタレイライブのイザベル、巡礼者のジェラルド(私と違う方向に歩いていきました)
夕食
お米とトマトピューレと目玉焼き
メインデッシュのあとにサラダ
時々こういうパターンがあります
gateau pralineというデザート
リヨン地方のお菓子だそうです

シャヴァネ(Chavanay)マクラ(Maclas)→[タクシー]サン-ジュリアン-モラン-モレット(C→ブール-アルジャンタル(Bourg-Argental) 6/10(火) 

17.0km(累計 71.9km)

ジュネーヴの道 4日目
 ロストバゲージの影響で帰国を早めることにしました。そのため今朝は早朝から帰国便の航空券手配。LINEで日本の自宅と繋ぎ、自宅の固定電話でANA全日空と接続するという三元中継方式でチケットを取りました。自宅には息子のお嫁さんも来てもらって助けてもらいながらなんとかチケットを取ることができました。ただ当初の航空券はマイレージで入手したのですが、変更便は正規料金で取る必要がありましたので相当なコストがかかりました。何とかチケットを取ることができたので一安心です
 
 早朝にチケットの購入をしたのでアルベルゲを少し遅れて出発。今日は途中カミーノから少し離れたMaclasという街で昼食をとりました。気温が高く、このまま歩くと宿への到着が遅くなりそうなので中間をタクシー利用に決定
 Uberを頼むと、料金だけ先に決済してその後に運転手を探すというシステム。随分長い間待たされて「運転手がいません。次は30分先に探します」というようなメッセージで役にたちません😡昼食を食べたカフェの方に相談すると電話をかけてくれ、「運転手のご主人は対応出来ないけど、奥さんが送ってくれる」とのこと、やはり機械より人間の方が応用力があります
 Saint-Julien-Molin-Moletteまで車で送ってもらって、その後は歩きました

この期間は徒歩
橋が流されて、歩行者用の橋が架設されています
Chavanayの街をあとに
サンティアゴまでの距離
そして巡礼路とGR(フランスのハイキングコース)65が一体となった標識、必ずしも全ルートが一緒では無いので紛らわしいのですが😭
バス乗り場は休憩に最適
木の橋の通行止め表示は凄い
近くに飛び石で渡れる場所を作ってくれています😄
歩きにくい急坂
この辺りでオープンスカイトイレを利用
このカフェで昼食、ここの若い女主人の方にタクシーを頼みました
お昼はミニピザ
この区間はタクシー
昼aint-Julien-Molin-Moletteまでこの車で送ってくれました
運転手は肝っ玉かあさんみたい
、後部座席にはチャイルドシート
休憩した後にまた歩き始めます
休憩したカフェの洗面台の水の出し方が中々分かりませんでしたが、ペダル式
また坂を上り続けま
この日は自転車レースがあって、この峠でファンが待っています
今日の宿
Dortoir Bulgarana – Bourg Argental
入り口は道路の反対側にあってなかなか見つかりませんでした
広くて何でも揃っている部屋
洗濯機も使わせてもらいました
近くのレストランが全然やっていないので、カルフールで買い出し
これで夕食と朝食

カルフールに入るとレジのおばさんが現金しか扱ってないと大声で言っていました

ブール-アルジャンタル(Bourg-Argental)→[タクシー]レ・セトゥー(Les Sétoux)→モンフォコン-アン-ヴレ(Montfaucon-en-Velay) 6/11(水)

18.2km(歩行累計 90.1km)

 Gronze.com(カミーノ情報豊富なサイト)では、私が1日で歩くと予定していたコースが2日に分割されていました。厳しめなプランを作るこのサイトが2日で提案するとは!!3日前に泊めでもらったアランも私の予定は大変だと言っていたので、前半部分はタクシー(自家用車?)に決定。宿の奥さんに手配してもらって、ここでも一般のおじさんが送ってくれました。
Les Sétauxまで送ってもらってあとは歩きです。

この期間はタクシー見てください、タクシー料金は50ユーロでした
この方が運転手、宿の方のお知り合いのようです
レ・セトゥー(Les Sétoux)まで送ってもらいました忘れずに
レ・セトゥー(Les Sétoux)の教会内部
スッキリしていて良い感じ
ここで会った方にゴールのル・ピュイで再会しました。地元の方だと思いこんでいました😅ンプルでいいです
教会の前にはサンジャックの水飲み場
第二次世界大戦の時に、ドイツ軍の高射砲にやられたアメリカ軍爆撃機がこの村に墜落するのを避けて奮闘し、村の外に落ちて村を救い死傷者が出たことを記憶に残すための記念碑
ここからの区間は歩きます
こちらの方向に歩いていきます
サンティアゴ
爆撃機のシールも
立派な林が続きます
切り出したばかりの木材
良い香りがしています休
伐採真っ最中
この辺りは林業が盛んで、木材を大量に積んだ大きなトラックが沢山走っています
橋が有るとホッとします
大体標高1,100m
巡礼者は通っても大丈夫です
広い牧草地
クローバ畑です。日本のクローバより10倍程度でかい葉っぱでした
近づいても逃げません
鶏が平然と道路を歩いています
今日の目的地が標識に出てきました
間違えて左の道に入ってしまいました
しばらくこちらを歩いて引き返し
道の真ん中を川が流れていると思ったら・・・
その横に川を渡れる場所がありました
渡ったところでお昼ごはん
伐採した木が莫大に積み重ねられていました京都じゃあ練習開始直前にカナダトロントに到着ですよカナダですかパスポート持ってる
Saint Etienneの看板も出てきました
観光案所で鍵をもらってある今日のある今日のアルベルゲに入ります
明日のタクシーもお願いしました
Gîte d’étape communal Saint-Régis(鍵cléは市庁舎or観光案内所)
アルベルゲの宿泊者はわたくし一人
窓からの眺めはいいです
まずはバルでビール
ここもやっているレストランがなさそうなんでスーパーで買い物

モンフォコン-アン-ヴレ(Montfaucon-en-Velay)→[タクシー]サン-ジュール(Saint-jeures)→モンデール(Monedeyres) 6/12(木) 

13.3km(歩行累計 103.4km)

ジュネーヴの道後半 6日目
 今日も前半はタクシー。残りは歩きます

タクシーの運転手さんは時間どうり待ち合わせの場所に来てくれました

これが歩いた区間
サン・ジュールの役場前から歩きます
古代ローマのマイルストーン
カタツムリは何が好きなんだろう
道路際にこんなのがあると歩行者と間違えてかえって事故の原因では?
ここから山道に入ります
感じの良い山道
何のマークかよくわかりません
死火山がたくさん見えてきました
ピュイ山脈の火山列の一部かもしれません
ここの公園で昼食、トイレもゴミ入れもきれいに整備されていました
ゴールのモンデールが見えてきました
今日の宿
Gîte Lou Naïs 
宿が見つからなくて少し苦労しました
居心地のいい部屋です
まずはビール
夕食は宿のマダムと差し向かいでいただきます。手元をずっと見られているし、量が多くて食べきれません
デザートは美味しかったです

モンデール(Monedeyres)→ル・ピュイ=アン=ヴレ(Le Puy-en-Velay) 6/13(金) 

29.1km(歩行累計 132.5km)

ジュネーヴの道後半 7日目
 

今日は全部歩きです
モンデール教会
これだけジグザグの柵があると家畜は通れない
です
サンジュリアン
ここのスーパーで休憩
川に沿って歩いていくと
立派な橋がありました
山の上には巨大な岩
木製の牛と羊
さあどっちの道でしょう
サンジェルマン教会
自転車用ゲート
ガラルド橋
この川はロワール川となってナントを経由して大西洋に流れます
ル・ピュイからリヨンに向かう鉄橋をくぐります

川の流れは結構急です
ノートルダム・ド・フランスが見えてきました
今回はサン=ミシェル・デギュイユ礼拝堂に登ります
礼拝堂の最上階

写真を撮ってくれたおばちゃんの指が下に写っています😅
トレラン大会が開かれていました
2年前のル・ピュイの道出発点の大聖堂にゴール
黒のマリア様にご挨拶
個室です
洗面台はありますが、シャワートイレは共用
下見を兼ねてルピュイ駅まで行って、駅前でビール
市内を歩いていたら、トレランの選手から何か聞かれましたが全然分かりませんでした。申し訳ありません
宿での夕食

ル・ピュイ=アン=ヴレ(Le Puy-en-Velay) →パリ(Paris) 6/14( 

大聖堂の見送りのミサの後、巡礼者が出発します
2年前にはこの階段を降りていきました
皆さん頑張ってください
ル・ピュイ・アン・ヴレイの駅からパリに向かいます
Saint-Étienne ChâteaucreuxとLyon Part Dieuを経由して Paris gare de Lyonまで向かいます
今日の宿
ドリームハウス2号館
入口は横の白壁にありました
近くのレストランで夕食
山火事の延焼を防ぐ防火帯
ブランジェリーの修業に生きている同宿の若者が作ってくれたパンです美味しかったです

パリ(Paris)→ 6/15() 

地下鉄の入り口は工事でクロス
オルセー美術館当日券で並びました
25年ぶりのオルセー美術館でした

約一か月ぶりにリュックサックが家に届きました (7/4)

⇐預けた時にはビニール袋で包んでいましたが、ビニール袋はなくなっていました

〇スケジュール・経費概要(ジュネーヴの道 後半)

Posted by walkingosamu