清蔵鉄道に乗ってチベットへ

2007年8月11日~17日で1年前に開通した清蔵鉄道に乗ってチベットへ行ってきました

(H)は、妻のコメントです

  月日 行程
1日目 8月11日(土) 福岡→北京
2日目 8月12日(日) 北京→蘭州→清蔵鉄道
3日目 8月13日(月) 清蔵鉄道→ラサ
4日目 8月14日(火) ラサ(ノルブリンカ・ポタラ宮)
5日目 8月15日(水) ラサ(ヤムドク湖・セラ寺・大昭寺・バルコル)
6日目 8月16日(木 ラサ→成都
7日目 8月17日(金) 成都→上海→福岡

福岡→北京

2007年8月11日(土)

6年ぶりの北京はひたすら「オリンピック」

 中国に6年ぶりにやってきました
 北京首都空港はオリンピック開催まであと1年を切った状況の中で、ターミナルや鉄道の工事真っ最中の様子だけど・・・間に合うのだろうか
 北京市内も(中国全体も)オリンピック開催に向けて、全てのことがオリンピック中心に回っている感じ
 また、マンション建設ラッシュ・激しい渋滞等活気はあるのだけど、何だか街全体が埃っぽい
 夕食後、王府井のスーパーに買い物に行ったのだけど、夜もほとんどのお店が開いており、買い物客も道路に溢れている

 天安門前広場にある中国国家博物館には、オリンピック開会へのカウントダウンボードが掲げられている
 中国は「8」が幸運な数字ということで、開会は「2008年8月8日午後8時8分」スタートです
 それにしても北京の8月は暑いです。この中で競技を行うのは、相当厳しそう

北京→蘭州→清蔵鉄道

2007年8月12日(日)

なんとか蘭州行きの飛行機に間に合いました

 中国の運転マナーはあまり良くない
 運転に必要なのは、「免許」と「勇気」といわれているらしく、相当強引な運転をしている
 北京市内から空港に向かう高速道路で、多重追突で渋滞が発生した
 飛行機に間に合うか心配だったけど、何とか間に合って蘭州へ

多重追突の一部で
 自己主張の激しい皆さんの間で、ちゃんと和解が成立するのでしょうかね?

蘭州中川空港に到着

 北京首都空港の一番端っこに停められていた蘭州行きの飛行機に乗って、約2時間で
 蘭州中川空港へ着いた。ここは、日本のODA(円借款)により整備された空港
 この空港は、中国で市街地から2番目に遠いところにある空港とのこと。ちなみに1番遠い空港は、ラサのゴンカル空港。今回の旅行で両方とも利用します

蘭州中川空港の男子トイレにあった標識
 アポロ11号月面着陸時にアームストロング船長のセリフ「これは人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な跳躍だ」に似ています
 トイレの利用時は、「出来るだけ朝顔に近づいて、綺麗に利用して下さい」ということでしょう

蘭州の街もマンション建設ラッシュ

蘭州の山には、近くを流れる黄河から水を引き上げて、灌漑しています

黄河が現れてきました
 水はさすが黄河という色をしています
 蘭州にもマンションがどんどん建っています

蘭州名物の牛肉麺を食べました
 結構あっさりしていておいしい。大根も入っています

いよいよ清蔵鉄道に乗り込みます

プラットホームは階段の上
 エスカレータはありません。ポーターのような人がいますが、何だか怪しそうで皆自分で荷物を持ち上げて乗ります。キツイ

プラットホームの掲示板
17時15分発です

車両に付けられているサイドボード
 さあ、これからラサに行きます

 ここは標高1,500m
 5,072mのタングラ峠を越えて、3,650mのラサに向かいます

乗ったのは、「K917」
 これは、デッキ掲示されていた時刻表
 これから、2,188kmを29時間35分かけて走ります
 ちなみに、この距離は、JRだと鹿児島から青森までと殆ど同じ。新幹線を使って走ると、約12時間で行けます

 切符は、乗車後、席毎のカードに取り替えられ、下車時に返される
 これで、それぞれの席の乗客がどこまで行くのか車掌が個別に把握できる
 切符の入手は相当難しいようで、ヤクザが暗躍したり、殺人事件が起こったりしているそうです
 後日、使用済みのこの切符が欲しかったのですが、現地ガイドの方は「会社に提出しないといけない」とのことで、もらえませんでした

寝台車
 軟臥(二段ベッド)は、確保できなかったようで、硬臥(三段ベッド)になりました。中国の若夫婦と同室です
 通路には、椅子が付いていて、ここに座って外の景色がじっくりと見れます

ベッドにはカーテンが付いていません
 添乗員の方が、持ってきた布を就寝時にガムテープで貼ってカーテン代わりにしてくれました 
 朝には、すっかり落ちていましたが

ハンディキャップのある方用のトイレ
 一般用がひどい状態のときに、申し訳ないけど使わせていただきました

こちらは、一般トイレ
 飛行機のトイレのように、使用後に汚物を吸い込むような仕組みになっています
 アジア風の造りは、この仕組みにはあまり適していない
 まだ、出発直後なので綺麗ですが、だんだん悲惨な状況になってきます
 全部洋式にすれば良いのに、と思いました

洗面所
 こちらは綺麗です

(H)食堂車に行かない人々は、カップラーメンを食べる人が多く、この洗面所に残りを捨てる人もいて、結構汚くなってきます

食堂車
 予約をしてから、交代に食事をします

夕食です
 食事の途中です。もう少し品数は出てきます
 このあと、翌日の夕食まで殆ど同じようなメニューでした(朝食を除く)

22時消灯 真っ暗闇の中を走ります

 まわりは真っ暗、すぐ近くに見える沢山の星に囲まれて、ゴルムド目指して走っていきます

清蔵鉄道(ゴルムド・タングラ等)→ラサ

2007年8月13日(月)

風景が変わってきました

地平線からの日の出
 日本では、山や海からの日の出は見ていますが、地平線からの日の出も、素晴らしい
 空は、真っ青です

ゴルムド駅(標高2,800m)に到着

 いよいよチベットへの入り口です
 ここで機関車も高地用のものに取り替えられ、装置も乗客の気持ちも切り替わって行く感じです

ゴルムド駅        
 乗降客も結構います

機関車の交替
 左側が今まで牽引していた機関車で、右側がこれから高地に向かっていく新型車

機関車は、ゼネラル・エレクトリック社(米国)製
ちなみに、客車は空気が薄い地域を走るため、航空機メーカのボンバルディア社(カナダ)の与圧技術が導入されています(この会社の飛行機はトラブル続きで不評ですが)

準備完了
トヨタも凛々しく並んでいます

 荷物車では、大量の物資が積み下ろしされています。観光だけではなく、物流の面でも活躍している

 駅が近づいてくると、全てのトイレが使用中「有人表示」となって鍵がかかってしまいます

 到着の20分前頃からこの状態になるので、ずいぶん長くトイレを使っている人がいるのだと思っていましたが、実は乗務員の方が、鍵をかけて回っていたのでした
 
 これには参りました

 トイレに鍵がかかる理由は、これでした
 バキュームカーです。停車中にこれでトイレの汚物を回収しています
 その間は、トイレは使用禁止になるということです
 停車時間が20分程度あるので、到着前と出発後のロック時間を含めると、トイレが使えない時間が、実質約1時間ほどとなります
 どうにかして欲しい

崑崙山脈を越えて行く

崑崙山脈を横切っていきます
 6,000m級の山の近くを走っていきますが、鉄道も高いところを走っているので、高さの実感がわきません

中国陸軍が演習をしています

チベット風の景色が見えてきました

線路に沿って棒が立てられています
 これは、永久凍土の地中温度の上昇を防ぐため、アンモニアを冷媒として封入した、金属製の放熱杭です

チベットカモシカ
 毛皮を取るため乱獲されたこともあり、絶滅の危機に瀕しました
(密猟団との戦いは、命を懸けたもので、その模様は映画「ココシリ」に描かれている)
 現在は、しっかりと保護対策がとられており、刑罰も相当きつくなっています

 
手前の四角く見えるのは、石を並べたもので、草の種等が風で飛ばないように囲ったものです

こんなところで故障すると、大変

車内販売
 弁当(朝はお粥も)や野菜等を売っています
 キュウリは、一本丸々をそのままかじっている人が沢山います

食堂車での昼食
 ご飯は、標高が高く沸点が低いので、パサパサです。でも、これにも段々と慣れて来ました

(H)セロリやターツァイが良く出てきました
 トマトと卵の炒め物が日本人には好評でした

食堂のウェイトレスさん

(H)
TBSのBS放送でも見かけました。この方

厨房 

長江(揚子江)の源流
 上海まで長ーい旅が続きます

鉄道世界最高地点を越えて

タングラ峠(標高5,072m)
 鉄道の世界最高地点の記念碑です
 これから少しずつ下っていく

タングラ駅(標高5,068m)を通り過ぎていきます
  こちらは世界で最も高地にある鉄道駅

(H)列車の中でも、高山病になる人がいました
   少々の頭痛は当たり前らしいです

車内の電光掲示板にも、高度が表示されています
 この掲示板には、外気の温度・次の駅・速度などが掲示されますが、ラサに到着して停車していた時の速度が65kmとなっていました?

車両の壁には、高山病対策で酸素の供給口

(H)
個人差はあるようですが、私は普通の痛み止めの薬でずいぶん頭痛が良くなりました

蓋をあけると、このようになっています

ツォナ湖駅(標高4,600m)
 400平方キロメートル(琵琶湖の2/3)もある淡水湖
 チベット族にとっての「聖なる湖」
  (チベットには、聖なる湖が沢山あります)

雹が積もっています
 ラサに近づくと、激しい雨など気候がめまぐるしく変わってきました
 さすがに山の気候です

ヤクの放牧
 飼い主のテントも見えます

ラサ駅に到着(標高3,650m)
 異常に広いプラットホーム 
 ガイドさんから、ゆっくり歩くように事前に何度も言われて、そろそろと歩いています

(H)とっても大きな駅です
 立派なトイレがあるらしいのですが、夜になると、鍵がかかるそうです

ラサ(ノルブリンカ・ポタラ宮)

2007年8月14日(火)

ノルブリンカはショトン祭り

ノルブリンカ(宝の公園)は、ダライラマの夏の離宮
ちょうどショトン祭り期間で、賑やかでした

入り口の日よけパラソルは、「バドワイザー」 
 このパラソルはいろんなところで見ました

門前では、露天が朝から並んでいます

タクテン・ミギュル・ポタン
 ダライラマ14世が生活していた宮殿
 インドへはここから亡命し、中国軍がチベットを攻めてきたときには、砲弾がノルブリンカの構内に打ち込まれたらしい
 
(H)花壇が作られていて、花がとても多く咲いています
 キンセンカのような濃い色の花が多いようです

 中庭では、アチェ・ラモ(チベット・オペラ)が行われていました。TV取材も行われていて、観客は5元(80円)で椅子を借りて見ていました

バドワイザーガールもいるようです

園内には、ピクニックの家族が一杯です
 ホームレスではありません

電動オートバイ
 昼食をとったホテルの前に停まっていたオートバイ
 ナンバープレートが無いので、なんだろうと思ったら、電動オートバイでした
 中国では、結構電動オートバイが走っている
 充電は、家庭のコンセントからするようです

緊張感一杯でポタラ宮へ

午後は、いよいよポタラ宮

 
この時期は観光客が多く、なかなか入場が出来ないとのこと
 我々は、中国人の一行ということで入場することとなりました
 「中に入るまで、日本語は一切しゃべってはいけない」という注意を与えられて、緊張の中、ひたすら黙って入場門を通り過ぎていきました
 
 (H)
一日2,000名と入場者数が決められていて、何とか入場しようとする人々との間で、日々格闘があるようです

 正門を何とか通過し、空気の薄い中、急な坂をひたすら黙って登ります
 呼吸も控えめな感じ

二つ目の入り口
 これを通り過ぎると、日本語OKで、なぜか深呼吸

(H)入り口で検札する役人は、とても高圧的で、観光客をもてなすという気持ちは、さらさら無さそうです

ポタラ宮名物のトイレ
 向かい合ってしゃがむのでしょうかね
 下はすごく深いです

ポタラ宮の内部は写真撮影禁止
 この屋根の下にダライラマ5世の霊塔があります
 金を5,000kg使った仏塔にミイラが納められています

 参道にある案内碑にお賽銭が貼り込められている
 ラサの仏教施設では、どこもお賽銭が一杯
 貧しい人も生活を切り詰めて、一所懸命にお賽銭を出しています

(H)チベットも仏教国なので、お盆も日本と同じ
 信心深い人が多く、ポタラ宮の中は、現地の人々が熱心に祈っていました

参道にあったマニ石
 お経を刻んでいます

こちらはタルチョ
 お経がいろいろな色の布に印刷されています
 布の色は、
   青色→空
   黄色→大地
   白色→雲
   緑色→水
   赤色→火
 を表しているそうです

マニ車
 これを一回まわすと、一回お経を読んだのと同じ御利益があるそうです

チベット土産を探して

 本に載っていたチベット民芸品のお店(卓番林手工業発展中心)を休憩時間を利用して、ガイドさんと一緒に探しました
 なかなか見つかりませんでしたが、地図を頼りにやっと見つかり、土産をゲットすることが出来ました

 これがお店の看板ですが、場所はこの路地の奥です
 我々がきょろきょろしていたら、このおばちゃんたちが「この奥、この奥」と教えてくれました

(H)
現地の店では、値段を交渉して買うのが当たり前ですが、ここは正しい値がつけてあり、値切るようなことはしてはいけないと、ガイドさんに言われました

ヤギのぬいぐるみと、布をこのお店で買いました 
 左のミニマニ車はバルコルで、右の金剛杖のようなものはセラ寺で買いました

 お店の近くには、イスラムのお寺(西蔵清真大寺)がありました
 この近くには、イスラム教徒が多く、白い丸帽をかぶっています

 お寺の近くで、女性ばかりで路上で麻雀をしていました
 成都でも路上麻雀を見ましたが、その時は台の上に現金を置いてやっていました!?

夜はチベット民族舞踊を見ながらの食事
 ホテルからバスに乗っていったのですが、目的地はホテルの隣の建物でした

 高山病対策で2日間お酒を飲んでいませんでしたが、今日はラサビールを戴きました

ラサ(ヤムドク湖・セラ寺・大昭寺・八角街)

2007年8月15日(水)

ヤムドク湖は霧の中

ラサからヤムドク湖に行く途中にある「江沢民トイレ」 
 江沢民さんが視察でここを通過すのに対応して作られたとのこと。女性達はお金を取られて利用していたが、やっぱり清潔ではなかったと、ブーイングが出ていました
 男性は、道路わきのペパーミントの香りがさわやかな林の中で、無料で用を足しました

ヤルンツァンポ川を渡って、ヤムドク湖に向かいます
 この川は、インド・バングラデッシュを通ってベンガル湾まで続いている

ヤルンツァンポ川岸にあった水葬場 
 チベットでの葬儀は、高僧のミイラ、鳥葬、水葬、土葬、火葬と色々な形で執り行われている

カンパラ峠へ
 カンパラ峠に向かって、ガード レールも無い急坂をバスが上っていきます
 川が激しく岸を侵食しています

ヤムドク湖は霧の中
 カンパラ峠に着きました
 この下にヤムドク湖が見えるはずですが、残念ながら雲の間からちょっと見えただけでした

セラ寺に着いた頃は晴天に

 河口慧海も留学した、セラ寺です。狭い駐車場にはバスが一杯

 問答修行で有名なお寺ですが、今日は卒業テストのよう
 ちょっと笑い声も出て、和やかな感じでした

 お寺の中の灯明に、子供の僧がバター油を注いで回っています
 この子達が、カメラの撮影料(30元)も徴収しています

山の中腹にあるお堂で、修行をするそうです

大昭寺(ジョカン)

ジョカンの正面、いろんな国の人が歩いています

 ジョカンの正門上にあります(チベットでは、大部分のお寺に)
 法輪(仏が行う法話)を鹿が静かに聴いている有様を現しているそうです

 今日は、8月15日でチベット仏教にとっても重要な日のようです(日本では、お盆ですよね)
 ジョカンの中庭には、善男善女が集まって、お坊さんのありがたいお話を聞いています

 二階のテラスでは、若い坊さんが女性にちょっかいを出している
 真面目にやれよ!?

正門前では、五体投地を行っています

八角街(バルコル)

バルコルの両側にはお土産物屋が並んでいる

 マニ車を回しながら、コルラをしています
 コルラは、ジョカンを時計回りに回ることで、ご利益があるというものです

チベット最後の夜です

チベット料理
 ヒマラヤホテルのレストランで戴きました

ポタラ宮がライトアップされています

ポタラ宮前広場では、噴水が音楽にあわせて変化するショーが行われていました

 人出も一杯で賑わっています
 特に子供は大ハシャギ(どこの国でも一緒ですね)

ラサ→成都(武侯祠・杜甫草堂・麻婆豆腐・川劇)

2007年8月16日(木)

ゴンカル空港から成都双流空港へ

ゴンカル空港で空港売店初の値段交渉体験
 民芸バッグを買おうかどうか迷っていたら、店員がいくらなら買うかと言ってきました
 「それならば」と言って、値切らせていただきました
 空港で値切ったのは初めて

外国人も多いのですが、カウンターの電光表示板の表記は、全て中国語のようでした

成都双流空港到着

 ラサから持ってきたペットボトルはペッチャンコに
 気圧差は相当のものです

 成都は四川省の省都ですけど、このような風景も街中で見かけました

武侯祠

 三国志の諸葛亮孔明を祀っている
 劉備玄徳の陵墓もこの構内にありました

 日本からボランティアで来ているというマッチョなお爺さんが、売店で工芸品の解説と販売をしていました

杜甫草堂

杜甫が晩年に成都にいたときの住居です

元祖麻婆豆腐のお店(陳麻婆豆腐)

立派なお店です

 真ん中のが麻婆豆腐です。山椒が良く効いていました

川劇

 ツアーのスケジュールには入っていなかったのですが、四川地方の演劇である、川劇鑑賞に行くことになりました 

 踊り・演奏・曲芸等があった後、「変面」が始まりました
 踊っている最中に手も使わずに、仮面が変わります
 どのようになっているのか、不思議?

一瞬で、上の顔が下の顔に変わります

成都→上海→福岡

2007年8月17日(金)

成都双流空港から上海浦東空港経由で福岡へ

最後に上海でトラブルが

 上海浦東空港での乗り換えの際に、我々は他の方とは別にチェックインをして、搭乗口に行ったのだけど、他の方が全然来ていません。飛行機に乗っても、メンバが居ない
 出発時間をいくらか経過した後、皆さんが飛行機に乗り込んできました
 乗り継ぎのチケットがトラブルでなかなか発券できなかったそうです
成都を出発するときに、添乗員の方と「この旅行は順調に進んできていますね」と話をしていたのだけど、やはり物事は、「下駄を履くまでわからない」ですね

真夏の福岡に帰ってきました

 福岡と中国との間は、ボーイング737型で飛んでいます
 この3日後(8月20日)に同じ型の飛行機が那覇空港で爆発炎上事故を起こしました
 我々が乗ったのは中国国際航空で、事故を起こしたのは中華航空(台湾)と、違いがありますが、やっぱりあんまり良い感じはしないですね
 
 これで、今年の夏休みも終わりです。さあいつもの仕事モードに戻りましょう

Posted by walkingosamu